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こんにちわぁ。
ひでです。
1日90分睡眠に向けて日々の睡眠結果も記録中です。
睡眠時間をコントロールして減らしたいなぁ、と思ってる方は一緒に頑張りましょう。
まずは今朝(木曜日)の睡眠結果からです。
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【自己覚醒】:180日目
【就 寝】:20:57(目標:22:50)
【起床時間】:23:59(目標:00:30)
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【振り返り】
行き帰りの電車内での寝落ちなし。
休憩中の仮眠は深く寝る。
仕事中は眠気なし。
帰宅後も眠気なく作業するが、その後眠気が来たので寝室に行く。
壁寄りかかりの電気つけっぱなしので寝る。
その後、一旦意識が戻るが、たぶん寝てまだ大して時間がたっていない感じがしたので、そのまま寝る。
その後起きてリビングの明かりがあるのを見て、起きようとするが、右足の太もも部分が痙攣したので対応するうちに二度寝してしまった。
まだリビングに灯りあり。
二度寝から寝覚めたら、リビングの明かりが消えているのを見て焦る。時間見てほっとする。
【今日からの修正点】
太ももの痙。攣対策として練る前のストレッチを追加する。
今後の優先課題は、二度寝をなくす。0時に起きれるようになったら、徐々に就寝を遅らせる。
22時45分就寝で0時半起床ができるようになるまで継続する。
出来るようになったら、布団に横になってできるか試してみる。
最終的には明かりを消して横になって90分睡眠ができるまで継続する。
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モーツァルト 交響曲34番
です。
いきなりなんでモーツァルトの交響曲?
それもジュピターとか40番じゃなくて34番?
って思うかもですね。
でも、私、この34番が大好きなんです。
いかにもモーツァルトっぽいテンポがよくてエネルギッシュで、聞き出すと途端にモチベーションアップしますから。
ただ、モーツアルトの交響曲って有名なもの以外は「聞いたことあるけど何番だっけ?」ってなっちゃうんですね。
いまだとサブスクあるので、そういえば、昔よく聞いてたあのモーツァルトの交響曲聞きたいなぁ、と思っても簡単に調べられるんですね。
で、それが34番なのかぁ~と知ったら、
モーツアルトが何歳の時の曲なの?
とかどういった経緯で作曲されたの?
とか気になって調べてみました。
すると、宮廷作曲家としての最後の交響曲だったことを知りました。
作曲の背景をChatGPTに聞くと以下の答えでした。
モーツァルトの交響曲第34番は、彼の生涯においていくつかの交響曲の中で、独特な経緯を持つものの一つです。この交響曲は、モーツァルトの多くの作品と同様に、彼の短い生涯の中で非常に多くの作品を書いた1780年代に作曲されました。
以下は交響曲第34番に関する主な情報です:
作曲年代: 交響曲第34番は、1780年代の中頃に作曲されました。具体的な作曲年月日は分かっていないため、詳細な経緯は不明です。
依頼: この交響曲は、特定の委嘱に基づいて作曲されたものではなく、モーツァルト自身が自発的に作曲したものと考えられています。モーツァルトはこの時期に多くの交響曲を書き、これはその一つとして創作されました。
音楽的特徴: 交響曲第34番は、モーツァルトの交響曲の中でも比較的明るく活気のある作品とされています。一般的なソナタ形式に従いつつ、モーツァルトらしい美しい旋律や魅力的な管楽器の使い方が特徴です。
演奏時間: 通常、この交響曲は約20分から25分程度の演奏時間がかかります。
交響曲第34番は、モーツァルトの交響曲の中で比較的知名度が低い作品ではありますが、それでも彼の優れた作曲技巧と音楽的才能を示すものとして楽しまれています。モーツァルトは彼の短い生涯において多くの交響曲を作曲し、その中にはより有名な作品も多く含まれています。
つまり、この交響曲を作曲した後でフリーになるのですね。
モーツアルトは生涯で交響曲を41作曲しています。
その34番目ということで、もっと年が行ってからの作品と思っていましたが、
なんと24歳!
地味にびっくりです。
宮廷作曲家時代はザルツブルクにいましたが、その後フリーになるとウィーンを活動舞台としたようです。
その辺をChatGPTに聞くと以下の答え
モーツァルトが宮廷作曲家の職を離れた経緯は、彼の生涯における複雑な状況と個人的な要因によるものです。以下は、モーツァルトが宮廷作曲家を離れた背後にある主な要因です:
ザルツブルクからウィーンへの移動: モーツァルトはザルツブルクの宮廷楽団の一員として宮廷作曲家として活動していました。しかし、彼はウィーンに移住し、宮廷の雇用から離れる決断を下しました。ウィーンは当時音楽の中心地であり、より多くの機会と自由な創作の環境を提供していたため、モーツァルトはキャリアを発展させるためにザルツブルクを離れたのです。
雇用の不安定さ: ザルツブルク宮廷楽団では、モーツァルトの雇用条件が不安定で、収入も限られていました。これに比べて、ウィーンでは彼が自由にコンサートを開催し、作曲を行う機会が増え、より多くの収入を得る可能性がありました。
独立の欲望: モーツァルトは独自の音楽的アイデンティティを築くことを望んでおり、宮廷の制約から解放されて自由な音楽制作を行うためにウィーンでの独立を選びました。
作品への情熱: モーツァルトは作曲に情熱を持っており、宮廷作曲家の職を離れることで、彼の才能が最大限に活かされ、数多くの優れた作品を生み出すことができたと言えます。
モーツァルトはウィーンでの独立後、多くのオペラ、交響曲、室内楽、協奏曲などを作曲し、その成就に多大な成功を収めました。彼の作品は今日まで愛され、尊敬されており、モーツァルトはクラシック音楽史上最も偉大な作曲家の一人として評価されています。
フリーになったのが25歳ころ。
何と若いこと!
私はモーツアルトは生涯宮廷作曲家だったと思っていたのでこれにはちょっと驚きました。
生涯を通じて変わらない明るくテンションの高いメロディーに、その波乱万丈の人生を全く感じさせない。
(その意味でベートーヴェンとは対極の存在)
映画アマデウスで、自分は下品かもしれないが、作曲する曲は違う、みたいなことを言っていましたが、本当にそうだと感じます。
人生を曲に投影しない作曲家だなぁと思います。
たぶん、現実の生活でどんな苦労やストレスなどがあっても、いざ作曲に入ったら純粋な音楽の世界に没入するタイプなんだろうなぁと想像しました。
さぁ!今日も一日全力投球します。!!
読んでいただき感謝~~
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